つくらないまちづくり 第4回

新たに施設などを作らずに、地域にある資源を上手く活用したまちづくりを毎号紹介。

設計図だけの保存でもいい。残し方はたくさんある。

復元した照明器具と絵ガラス(旧小熊邸応接室)

北海道の旧小熊邸倶楽部という団体をご存じだろうか。始まりは名前のとおり旧小熊邸。昭和2年に建築された北海道帝国大の小熊桿博士の元自宅で、建築家田上義也氏の作品。この建物の保存運動を行ったメンバーが中心となって設立したのが旧小熊邸倶楽部である。

小熊邸が老朽化のため取り壊されることになった際、旧小熊邸倶楽部のメンバーは約6500人以上の署名を集め、関係者に保存を要請した。ここまでは普通の歴史的建築物保存運動と同じだが、彼らがすごいのは、保存の次の段階にまで目を向けたことだ。建物の保存後の利用についても責任を持って提案したのである。保存運動で必ずでるのは「残せ」、「残さない」の二元論。持ち主側からすれば、誰が保存費用を負担するのかこそが問題であって、保存運動側の声は無責任なものにしか聞こえない。こういったゼロか百かの選択肢は必要以上に対立をあおるので、結果として保存運動が成功するのは希である。

これに対して旧小熊邸倶楽部は、小熊邸を郊外の藻岩山山麓に移築、内装を建築当初に近い形で復元し、喫茶店「ろいず珈琲館旧小熊邸」として復活させた。保存の賛同を得つつ、所有者の負担をできるだけ軽くするにはどういった保存形態が最適なのか、また保存するとしたら何に利用したら良いのかを調査したのである。やみくもに保存しろとだけ主張するのではなく、責任を持って関係者間の調整を続け、移築計画の作成や内装デザインの提案なども行い、自ら汗をかいた。代表の東田秀美さんは語る。「たしかに現地現況保存が理想だけれど、難しければ移築保存。それでもだめなら部材の再利用で、最悪でも設計図だけは保存すればいい。残し方はたくさんある」。

現在、旧小熊邸倶楽部は札幌市内のある再開発予定地に残されたレンガ造りの廃工場の保存に取り組んでいる。数年後、その廃工場は再開発マンションの集会場として、再び利用される予定だ。

旧小熊邸 現:ろいず珈琲館

フランク・ロイド・ライトの弟子である田上氏の初期の作品がそのまま喫茶店に。特徴的な窓飾りや幾何学的な内装を眺めつつ、おいしい珈琲を堪能できる。場所は、藻岩山ロープウェイ乗り場すぐそば。観光の際には是非立ち寄りたい。


齊藤成人●さいとうなるひと
日本政策投資銀行調査役 専門は地域開発