つくらないまちづくり 第1回

新たに施設などを作らずに、地域にある資源を上手く活用したまちづくりを毎号紹介。

この夏、新潟県十日町市周辺6市町村で「越後妻有アートトリエンナーレ 大地の芸術祭」が開催されている(7/20~9/7)。3年に1度開催される大規模野外芸術展で、妻有(つまり)地域と呼ばれる同地において、世界23国約150組の芸術作品が展示されている。妻有は、人口が尼崎の6分の1、棚田ひろがる典型的な農村地帯で、過疎化が著しい地域ではあるが、開催期間中は20万人近い観客が訪れる。

大地の芸術祭は普通の美術展とは趣が異なる。展示会場は地域全体。仕切られた会場というものは存在せず、作品は田んぼや民家、果てはスーパーの駐車場など、地域のいたるところに広範囲に展示される。知らずに道を歩いていても、不意に、商店街の空き店舗の中にある作品が目に飛び込んでくる。全てを見るだけでもたっぷりと2日はかかるだろう。

前回アートトリエンナーレの作品

全ての作品は、妻有が持つ歴史や風土、既存建物といった地域資源を反映させている。例えば、地元の着物や農機具、冬の雪囲い等、妻有の伝統的な材料や手法を使用したもの、地域の美しい里山を借景としてその存在を成立させている彫刻、どれも美を感じるよりも、地域問題を強く感じさせるものばかり。

こうした地域性をストレートに取り込んだ作品が、住民の日常生活の場に自然な形で登場するのだから、この芸術祭が地域を考える良い契機となるのは当然だ。開催期間中、無数のワークショップが住民間で開催され、地域の環境問題やまちづくりについて話し合われる。大地の芸術祭は、一過性のイベントでは決してなく、地域再生のためのエンジンなのである。

多くの住民、ボランティアが作品制作を手伝うため、運営は驚くほど低コストである。尼崎も金は無いが、産業遺産という妻有の自然に匹敵する地域資源が存在する。歴史もある。人もたくさんいる。南部に、廃工場等を活かした現代美術が多数展示され、それを肴に尼崎のまちづくりについて語りあうことを想像するのは、何十億円もかけて誰も行かない美術館を整備することを考えるより、よほど健全だ。


齊藤成人●さいとうなるひと
日本政策投資銀行調査役 専門は地域開発 「むかし成人の日だった1月15日生まれなのでこの名前です」